内向型人間の天職探し

HSPの29歳ががどう生きればいいか日々考えています

HSP・内向型と気づいてから感動したこと

 

自分が内向型人間で、しかもHSP気質である。ということを知ってから、

「ああ!!だから自分はこういうとき、こう感じるんだ!」とか、「あの人はきっと外向型だ!」とか、「こう生きればいいんだ!」という発見がありすぎるので、今日記事にします。笑

 

●外向型人間とは

まずは外向型人間について僕が感動した情報を書いてみます。

 

世の中の6〜8割は外向型。外向型はみんなで行動するのが好きで、個性を持たず、流行に流されやすい。日本の学校教育は協調性を重視し、協調性がある人間を良しとする。会社にどんな人間がいようとも、働けるような人間を育てる。そして、外向型は理不尽な我慢ができる。なのでストレスの多い企業でも我慢して働き続けることができる。

 

僕、TikTokとか、インスタとかタピオカとか、流行りものとかに全然興味ないんです。

あと、ディズニーランドのシンデレラ城前で、大学生とかJKとかが、10人くらい集まって写真撮ってるところとかみても、僕は絶対やりたくなくて(←こら)、「うーん。」って思ってたタイプだったんですが、「ああ、そうか。彼らはきっと外向型なんだな。」と腑に落ちました。

そして、「仕事に行きたくない」と言いつつ、会社に行く人をみたり、ムカつく上司のもとで頑張って働き続けられる人は、理不尽なストレスに対する免疫力が高い外向型人間だからなんだ、と思ってから、なるほどと思うと同時に、日本社会と日本の学校教育のあり方に疑問を持つようになりました。

そして、「内向型の僕はこんな社会じゃ生きていけないよ!」って思ったきっかけでもありました。

 

人類の進化上、外向型は社会維持の役割を持っている。個体数を維持すること、つまり「結婚して、子どもを作り育てることがなりより大切だという価値観」を持っている。

 

「早く結婚したい!」という人を今まで見てきたけども、僕は「早く結婚したい!」って一度も思ったことないんですよね。

何故なんだろう?って思った時にこの情報をみて、「なるほど、個体数すなわち、社会を維持するために遺伝子レベルでこの価値観が備わっているのか。これで6〜8割が外向型であることも納得できる。」と気づいてから、大きく「人類」というスケールで人間を見たときに、人類には「役割」があるのだ。と気づきました。

それから、内向型に生まれた僕の「役割」ってなんだろう?と深く考えるようになりました。

 

外向型は強い刺激を好む。例えば、高レートのギャンブルや、タバコ、ジェットコースターや、大声を張り上げての応援や、野球やサッカーなどの激しい運動を好む。

また、周りとの一体感を好む(スポーツ観戦でみんなと喜び合ったり)。

 

僕、ギャンブルは嫌いなんです。あと野球観戦とかもたまに行くんですけど、外野席の応援に混じるのはなんか苦手で、いつも静かに観てました。笑

これを知ってから、高レート麻雀を打つ人とか、タバコを吸うひと、スポーツバーでみんなと一緒にスポーツ観戦する人とかはきっと強い刺激を求める外向型の人が多いのだろうなと感じました。

 

●内向型人間とは

ここからは内向型人間についての記述で僕が知って感動したことを書きます。

 

日によって(疲労などによって)、テンションの高低がありすぎる

「あれ?今日テンション低いね?」とか「今日やけにテンション高くない?」って言われることが、めちゃめちゃあって、これは内向型人間の気質だということを知りました。自分では意識してなかったですけどこれに気づいてからは「まあ、こういう人間だからな。」と疲れてる日も無理してテンション上げることもなくなり、その日の自分らしく暮らせるようになりました。

 

言いたいこと(不平不満など)を思った時にすぐ言えずに溜め込んで、後になってまとめて言う。

人間って、「思ったことをすぐ言うタイプ」と、「思ったことをすぐに言えなくて、後になってまとめて言うタイプ」の2種類いるのかなぁって思っています。

内向型は「思考する」性質があるので後者なのかと思います。

だから僕は「まあ内向型だから、考えすぎちゃってすぐ言えないんだよなぁ。今度まとめて言おう!」って考えてます。

 

意味のない会話ができない

人と会うとき、人と話すとき、「意味」を求めてしまうのが内向型人間。だから友人が少なく、狭く深く生きるんですね。

だから自分がどうでもいいと思っている人とのどうでもいい雑談とかが非常に苦痛だったりします。

これを知って、「元々こう思う性質なら、友人が少なくても全然劣等感を感じなくていいんじゃない?」って思うようになりました。

 

人と無意識に距離をとってしまう。他人から「近寄りづらいオーラがある」と言われる。

自然と近寄るなオーラが出てるんでしょうね。

自分では無意識ですけど。笑

これも「しゃーないでしょ。内向型だもん。」って思えてきます。

 

自己アピールが苦手。

心の中では「おー!」と感動していても、周りからは無感動、無関心に見える。

僕、相手や場の空気を気にして、話に割り込めないので、話の場ではあんまり自分をアピールできないです。

あと、すっごい感動した映画を観ても、無意識に「感動したー。(棒読み」となってしまい、相手に「面白くなかったのかな...」と思わせて、誤解を与えることもありました。

これも内向型から来てるのか?って思ってから、芸人時代の自己PRとか確かに苦手だったなーって思えて来て、自己PRすることなく、自分の好きなことやってればいいや!って思えました。

 

外向型のアドバイスが参考にならない

ホリエモンとか、ラファエルさんとか、与沢翼さんのいわゆる自己啓発本を読んでた時期があったんですが、僕にはできないんですよね。

「秒で動け!」とか、「寝るな!睡眠時間を削れ!」とか「ムチャブリな目標を立てて、自分を追い込め!」みたいなアドバイスは「すごい!!僕もそれくらいやらなきゃ!」って思うんですけど、僕にはやっぱりできないんですよね。

これは自分が思って、気づいたことなんですが、世の中って、外向型人間の成功体験によるアドバイスに溢れているなということ。

それは本に限らず、会社の先輩や上司、友人からのアドバイスもそう感じます。

「俺がこうやってきたんだから、お前もこうしろ!』という感じです。

僕みたいな内向型・HSPの人間が生きやすくなるための法則はやっぱり、そもそも内向型は2割くらいしかいないから、教えてくれる人がパッと見、いないんですよね。

これに気づいてから、「僕なりの生き方を見つけなければいけない!」と思って今試行錯誤しているんですね。

 

 

内向型は地位争いや、競争は向かない。社会を出て、境地を目指せ

境地というのはニッチな市場、いわゆるブルーオーシャン(競合相手が少ない市場)のことです。

僕って、下北沢が好きで、汚くて狭いけどめっちゃ安い焼き鳥屋とかあったり、静かなカフェとかあったり、サブカル感があって、人が少ないのもとてもよくて大好きなんですよね。(今は大開発されてしまい、全く行かなくなりました。。。)

そういう「人がまだ気づいてないけど、いいよね」みたいなものが好きで、最近だと一人でストリップ劇場に行って、一人で感動したりしてます。笑

初期の初期の頃のAKBとかも好きでした。笑

まあこの話は置いといて。

つまり、内向型はこういう感じで、ニッチな市場で生きて行くほうが楽ということを知りました。

つい最近、YouTubeでゲーム配信しようとしたこともあるんですが、「HIKAKINさんとか有名どころと競争か...自分にできるかな...ていうか、これって視聴者の奪い合いだよな...なんか悪いことやってる気がする。うーん。。」って思っちゃうんですよね。

これに気づいてから、自分の興味の赴くままに生きていってもいいのかも、って思いました。

 

今回はこんな感じで終わりにします。

外向型と内向型を知ってから、性格ってすごい面白いなーって思うようになりました。

これからも少数派の内向型がどうやって生きていけばいいか発信していきたいと思います。

好きなこととは?自分らしく生きていくとは?

自分が好きなこと、やりたいことってなんなんだろう?とふと思う。

そして、自分らしくありのままで生きていくにはどうしたらいいんだろう?とも思う。

 

 

今日は「好きなことを仕事にして、自分らしく生きていくにはどうすればいいのか?」について自分なりに、もがいて、気づいたことを記します。

 

この問いのヒントを探すために3冊の本を読みました。

それは、

『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』八木仁平さん著

 

『マルチポテンシャライト 好きなことを次々と仕事にして、食っていく方法』エミリー・ワプニックさん著

 

『大好きなことでお金を稼いで、独立する方法』中村あやえもんさん著

 

この3冊です。

 

●まず自己理解して「好きなこと」を見つける

まずは何と言っても、自己理解が大事で、過去記事でも紹介してる通り、八木仁平さんの本は欠かせなかったです。

「僕の人生はこの本から変わった」と自信を持って言えます。

この本の中で、「自分の好きなことを知る」というプロセスがあるのですが、

読む前の自分は、「自分の好きなことなんてだいたいわかってるよ!」って思ってしまってましたが、

これが簡単に見えて、かなり難しい。

 

 

僕は芸人を目指していたため、当然好きなことは「お笑い」になるかと思いきや、全くお笑いは好きじゃなかった、ということがわかりました。これが衝撃でした。

この「好き」は自分の思い込みによる偽の「好き」だったのです。

どういうことかというと、僕が芸人をやっていた時代、「芸人は常にこうあるべき」みたいなアドバイスに流されて、

「芸人になんだからバラエティはチェックしないといけない。」とか

「最近流行りの若手芸人は見ておかないといけない。」

という、「〜〜したい!」じゃなくて、「〜〜しないといけない。」

というモチベーションで動いていたのです。他人の言葉によって動いていたんです。

それは自分が心の底から「やりたい!」というモチベーションではなかったのです。こういう自分の心の底から思って熱が湧き出てくることを心理学では、内発的モチベーションと言ったりします。

 

心の底から「お笑いが好きだ!だから毎日お笑い見ちゃうんだよなぁ」というほど好きではなかったのです。無理して見ていたんですね。我慢していたんです。

人間、繰り返し何かを自己暗示すると、そういう風に思い込む習性があるらしく、まさに僕は自分に暗示をかけて、自分を洗脳している感じでした。

なんか今までの恋愛でもそうだったぁって思えてきます。

「嫌な彼女だけど、他人が「お似合いだ」っていうし、別れない方がいいかな...」みたいな。笑

 

こんな感じで、思い込みとかもあいまって、自分の「本当に好きなこと」を見つけるのって非常に難しくて、「本当に好きなこと」って、「自分が普段、無意識でやってしまっていることや、なぜかそれに関してはお金を多く使ってしまっているけど、そのことに気づいてないこと。もしくは子どもの頃好きだったこと」だったりするんです。

それを見つけるのが難しかったですが、僕は、

・本棚を見て、持っている1冊ずつグループ分けして、そのグループに名前をつける

・自分のYouTubeSNS)のフォローしてる物をグループ分けして、そのグループに名前をつける

この2つの方法で、

「ゲーム」、「麻雀」、「読書」、「伝え方」、「自己理解・生き方」

という僕の好きなことを表現できました。

書き上げて思ったのは、

まさか自分がゲームが好きで、読書が好きだなんて、今まで意識したことなかった。

ということ。

 

あと、ゲームとか麻雀とか読書とかはいいんですけど、特に、

「伝え方」って最初はなんて表現すればいいか難しくて、

「これらの本たちを一言で言うと、何だろう?」ってたくさん考えて、ピッタシの名前をつけてあげられました。

(「本棚なんてないよ。。」って人も、好きなことを羅列してそれをグループ化して、なんて名前をつけるかという作業は今後便利なのでやってもいいかもです)

 

●内向型は社会での競争は向いてない。ニッチな市場を開拓する。

 

八木さんの本と、ビジネス書の王様である、『7つの習慣』、そして、内向型人間の書籍(また別記事でまとめたいと思います)を6、7冊読んで、自分がどんな人間なのか、どんな価値観を持っているのか、などを理解した時に思ったのが、

「僕みたいな内向型は何を仕事にすればいいんだ?」

でした。

そこで感動的な本に出会います。

それが中村あやえもんさんの『大好きなことでお金を稼いで、独立する方法』です。

自分の成功体験を語る人はだいたい、「どう差別化するか」とか、「自分が何者か一言で自己PRできるように!」とか「マーケティングの4C4Pを使って、ターゲットを絞り込む」とか、「ブランディングが重要」とか言われてて、僕もそういう風にしようと思うんですけど、

なんか「できない」んですよね。

内向型は「自己PRが苦手」と言われてますが、僕は本当にそうで、なんかもうできないんですよね。(語彙力

 

この本では、自分が

「楽しい!」、「役立った!」、「面白い!」、「すごい!」、「感動した!」、「カッコイイ!」っと思った物事を、分かち合う

ことで仕事になる。とヒントをくれました。

つまり、自分の好奇心を元に手を出した物事に対して、上のような感情を感じた場合、それを「PRする、宣伝する」という形ではなく、

「分かち合う」

ことが大切だと教えてくれました。

例えば、「これすごいでしょ?」と言いながら、これ見よがしにジャグリングをする大道芸人より、ただただ、夢中でジャグリングをしている大道芸人の方が魅力的に映るという例が著書では紹介されていて、これはわかりやすいなぁと思いました。

この本を読んで、自分なりに考えて、このブログを始めてみました。

 

●職業名に縛られない生き方

今まで、英語教員、会社員、芸人とやってきて、思ったのが、

「もうすでにレッドオーシャン(競合が多い市場。今でいうと、YouTubeとかが僕的にはこれだと思う。逆に、競合が少ない未開拓の市場はブルーオーシャン)で、飽和状態な職業は嫌だ。また、市場やポジションを奪い合うような生き方はしたくない。」という考え。

そして、もう一つ。

僕の劣等感の一つとしてあったのが、

「飽きっぽい」こと。

とにかく、何かを継続して長いことできないんですよね。笑

今までのバイトも趣味も、やってるゲームとかも、だいたい中途半端でやめちゃうので、もっとスペシャリストにならないとダメだよなぁって思ってました。

 

そんな状態で、

「どんな仕事すればいいんだろう?どんな生き方すればいいんだろう?なんて内向型は生きづらいんだ!!!!この性格はなんなんだ!!」

って思ってましたが、

「職業名に縛られない生き方もあるよ」と教えてくれたのが、エミリー・ワプニックさんの、

『マルチ・ポテンシャライト 好きなことを次々と仕事にして、食っていく方法』

です。

 

●改革を起こすのはマルチ・ポテンシャライト

日本の社会観念の一つとして、「一つの会社、一つの業界で、登り詰めていくことこそ美徳だ。」みたいなものがあると思うんです。

確かにそうだなーって思うところもあるんですが、

アリストテレスも、ベンジャミン・フランクリンも、レオナルド・ダ・ヴィンチも、複数の、それぞれが全く異なった職歴を持っていたことが紹介されてます(アリストテレスは哲学者の前は医者、フランクリンは政治家で、発明家でもあった。ダ・ヴィンチは芸術家であり、数学者であり、博学者だった)。

つまり、

「多くのことに興味を持つことと革新的な仕事をすることの間には強い相関関係がある。」

と著者は述べてます。

「仕事をする以上、職業名があって、それは一つである。」と思い込んでいました。

これは著書でも紹介されてますが、

「大きくなったら、なにになりたいの?」って子どもに聞きますよね。

これってよーく考えると、

強制的に選択肢を一つに狭める質問じゃないでしょうか。

 

 

(子どもによっては「んーっとね、消防士とYouTuber!」とかいう子もいるかもですがw)

 

このように、いろんなことに興味が湧くけど、飽きっぽいという僕が

自分らしく生きれるヒントが見つかったような気がします。

つまり、

職業名に縛られない、マルチ・ポテンシャライトとして、

自分の興味のあることや好きなことをどんどんやって(僕の場合だいたいそういうものは他の人はまだ価値に気づいていない、ニッチな物事や領域であることが多いです)、

「すごい!」とか「役に立った!感動した!」と思ったことを、

人々と分かち合えるような「場」で分かち合う。

ような生き方なんじゃないかと考えました。

 

「今は小さなことからできることを」、って思ってブログという形ですが、

自分の好奇心に従って、これから生きていければいいなと思っています。 

 

(補足)

前職の経験は活かさなくてもいい

ある人に、「芸人をやめて、ブログ書いてる」と言うと、

「えー!せっかく続けてきたのにもったいない!芸人の経験を活かして、インスタとかで動画あげればいいじゃん!」とアドバイスをくれた方がいた。

これは本当にありがたいことで、僕のことを思って100%の良心で声をかけてくれたのだ。

本当にありがたいのだが、しかし、この瞬間僕の頭の中に、僕が心に刻んでいる言葉、

「サンクコストバイアス」

という文字が浮かんだ。

これは、「努力はより少なく、しかしよりよく。」という名言が書かれていることで有名な、

グレッグ・マキューンさんの『エッセンシャル思考』という本で学んだ言葉だ。

 意味は、「すでにお金や時間を支払ってしまったという理由だけで、損な取引に手を出し続ける心理的傾向のこと」で、このバイアスに陥ると、

「ここでやめたら今までの投資が無駄になる」と思うあまりに、望みのない投資を重ねてしまう。これが悪循環を生み、投資額が増えれば増えるほど、抜け出すことが難しくなる。」と本書では解説されてます。

僕もそうですし、僕の周りをみてもこのバイアスにかかってる人は多いなと思います。

特に、「次の仕事を楽にこなすためとか、キャリアアップのため、持っているスキルアップのために、前職の経験が活かせる職場がいい」と思うのは確かに理にかなっているように思えます。

しかし、この記事で紹介したような生き方の選択肢もあると提示されると、僕は必ずしも前職を活かした職を選ぶ生き方が当たり前だという考え方が、正しいと思えなくなりました。

 

 

 

HSPの気づく力

 

 僕は自分の中の憲法をつくっていて、今現在24個条文(?)があるのですが、

その一部に、

当たり前と言われてる物事に疑問をもち、いろんな発想や、選択肢に心を開き、常に向上心を持って生きたい」

というのがあります。

今日はなぜ僕がこのような人生の価値観を持つようになったかをお話していきたいと思います。

 

 

 

◉バイト先のロッカーにイラっとした話

HSPの性質を持っている僕は、

自分が少しでも「イラっ」とすることに異常に敏感で、「どうすればこの「イラっ」をなくせるだろう?」と考えて、それを改善をすることが自分の長所なのだと理解してます。

最近この長所を活用したのは、入ったばっかりのバイト先の貴重品ロッカーが20口くらいあるんですが、カギに番号が振られてなくて、無くさないように首にぶら下げられる用の長いひもだけがついてて、その長さでどのロッカーのカギなのかを判別してたんですね。笑 今振り返っても笑ってしまうくらい不便です。笑 

僕以外の人も「あれ?どこだっけなー??あー!ここだった!」ってやってるんです。

僕はこのロッカーにすぐに「イラっ」として、店長に「番号シール貼ってください。」って意見したらすぐ番号シールを貼ってくれました。

 

そして、この出来事から、僕は、

なぜこれをずっと誰も何も言わないのだろう?

って思ったんですね。

みなさんはどう思いましたか。(っていうか文章下手でうまくイメージできてなかったすいません。)

40人くらいが働いている職場で長いこと置いてあるこのロッカーに「なぜ誰も何も言わないのか」と考えると、「周りの人間はどれほど鈍感なのだろう!」と思った話がまず一つ。

 

◉ある大手レジャー施設の社員さんの言葉:

「僕たちは、その日乗り切れればそれでいいんだ。それで精一杯なんだよ。自転車操業だからね。」

そのベテランスタッフの言葉:

「このゆる〜い感じが私は好きですよ。」

 

もう一つ僕の過去のバイトでの出来事。

今でも強烈に頭に残り、忘れられない出来事なのですが、とあるレジャー施設で働いていた頃、予想以上のお客さんが来場し、スタッフがてんやわんやだった日があったんです。

通路は確保できず、列もぐちゃぐちゃ。お客さんからは「最後尾どこですか?」と聞かれたり、しまいには不快な思いさせて、文句を言われたりでした。

その日の終礼で、僕は思わずとある社員さんに「通路とか列とかぐちゃぐちゃだったんですけど、いいんですかあれで?何か対応策とか考えた方が...」と聞いてしまいました。そこでその社員さんの言葉を聞いて、「あ、この職場だめだ。合ってない。」って思いました。

それがこの節の見出しに書いた、「僕たちはその日乗り切れればそれでいいんだ。それで精一杯なんだよ。自転車操業だからね。」という言葉です。

僕はこの言葉を聞いて、この方はきっと

「毎年、繁忙期のこの時期になると、こうなるのは当たり前なんだ。」

と決めつけていると思いました。

 

僕は、「そんなことはないはずだ!もっと向上心のある人はいないのか!」

と思って、ベテランスタッフに同じことを聞いたら、これも見出しに書いた、「このゆる〜い感じ、私は好きですよ。」という言葉が返ってきた。

 

つまり、「どうして僕たちはこんなに大変な思いをしないといけないんだろう?何かできることはないのだろう?改善策はないのだろうか?」ではなく、

「いや〜、よく乗り切ったね!!!お疲れ様でした!!!!」

なのである。

この職場はこれがきっかけで半年でやめてしまった。

 

こういう(他にも色々ある)過去から、自分の中に冒頭で書いたような価値観があるとわかったのだ。

 

これに関連した書籍の一部分があって、紹介したい。

それがスティーブン・R・コヴィーさんの『7つの習慣』の中で述べてる、「時間管理のマトリックス」だ。

「何にどれくらい時間をかけるか」ということを、「緊急か緊急でないか」という軸と、「重要」か「重要でない」かという軸でみるという考え方だ。

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緊急で重要なものを「第Ⅰ領域」、緊急でないけど重要なものを「第Ⅱ領域」、緊急だけど重要でないものを「第Ⅲ領域」、緊急でないし、重要でもないものを「第Ⅳ領域」と呼んでいる。

ここにレジャー施設バイトでの出来事を当てはめると、

「お客さんが予想以上に来て、対応しなければならない。」は、緊急で重要なので第Ⅰ領域と言えます。

しかし、「あれくらいのお客さんが来た場合、どうすればいいのだろうと対策を考える」は緊急でないけど、重要だと考えられます。

この本を読んで、気づいたのが、「僕は第Ⅱ領域を考えられる人を尊敬していて、かつそういう人間になりたいと考えていて、これを考えられない組織では働けないんだ。」と感じました。

特に、縦社会の組織で、上司が第Ⅰ領域だけに注力しているような会社では働けないとおもいました。

コヴィーさんは、

「第Ⅱ領域」は効果的なパーソナル・マネジメントの鍵を握る領域である。(中略)長期的な計画を立てる、身体を鍛える、予防メンテナンスを怠らない、準備する。こうした活動はやらなければいけないとはわかっていても、緊急ではないから、ついつい後回しにしてしまう。」といい、

そして、この第Ⅱ領域の活動を、「自分の能力を大きく伸ばす第Ⅱ領域の活動」と呼んでいます。

 

「これが普通。これが常識。これが当然。こうするしか方法がない。現に周りのみんながこうしている。これってこういうものでしょ。」

こういうものに、少しでも疑問を持って、

かつ第Ⅱ領域にも時間を割ける人間になりたいと思いました。

 

「苦」がないと成長しない

自宅の最寄駅から、バイト先までの道にいつも必ず通るところがある。

某通信会社のショップの前と、とあるガールズバーの前だ。

通信会社のお店は男女が1人ずつ立って、手持ちのボードを持ちながら、街ゆく人に向かって新規契約をアピールしているのだ。

「とてもいいことじゃないか」と思った人もいるかもしれないが、僕はよくないと思った。

なぜなら彼らの顔が全くやる気に満ちてないから。そして声も低く、大きさも相手に届かないくらいなのだ。

HSPゆえ、異常に相手の感情を読み取る人間なので、その感情を読むなら、「あーあ、どうせみんな通勤か買い物だよ。誰も相手にするわけないじゃん。」って思っていそうだった(こうやって決めつけるのはHSPのよくないところだけどもw)。明らかに「言われたからやってます感」があるように感じた。

 

そして次はとあるガールズバー

こちらも1人の女の子が「60min ¥2000」と書かれたボードを左手に持ちながら、なんと右手ではスマホを見つめながら立っているのだ。

 

これを読んでる人もこういう光景を目にしたことがあるかもしれないんですが、僕はこういう人を見ると、とても残念な気持ちになる。

こういう人が1人でも減って、自分が心の底から喜びを感じる本当にやりたいことを、みんながしている光景、そういう日本をみてみたいなという風に最近思う。

 

さて、なんでこんな話をしたかというと、

今日のテーマは「苦しみ」にしようと思ったからです。

僕の今までの29年間の人生は明らかに「苦しみ」ばかりだったんですね。何かで1位を取ったこともない。表彰されたこともない。受験も失敗、野球部では活躍できず、英語教師も失敗、就活も失敗、芸人も失敗、と。

「芸人が無理なら死ぬしかない」と本気で思っていたので、芸人挫折の瞬間は本当に「苦しかった」です。

でもこれまでの29年間を大反省して、生き方や人生観が大きく変わったのは過去記事にも書いた通りです。

先に結論を言うと、

僕がこのことから学んで、この記事で強く言いたいのは、【「苦しみ」→「向き合う」→「成長」】

なんじゃないかということです。

だから、【「苦しみ」→「不平不満を言う、他人のせいにする」とか「逃げる・逃避する」とか「我慢する」】だと成長がないし、幸福を感じられないということになると思うんです。

 

人生において、「苦しみと向き合う」って実は大事なんじゃないかという話なんですが、これについて3冊ほど引用したいと思います。

まずは過去記事でも載せてる本多信一さんの、『人生あきらめない』です(何度もすいません)。

ここで、衝撃の一文に出会いました。

(ちょっと仏教っぽいアプローチになっちゃうんですが、お付き合いください。)

これは釈迦の言葉なのですが、それが、

「”人生は苦である”」

です。

また、

「真実は七転八倒の日々の下、苦を見つめて生き抜くことと思います。(中略)”人生は苦である”真実を心に入れ、それでも精一杯に生きようではありませんか。」

と続けてます。人生は「七転び八起きじゃないよ!七転八倒だよ!」ってことなんですね。なんということでしょう。笑

 

 

過去の僕は、失敗や苦しみから逃げるタイプの人間でした(いや、今もかもしれない笑)。

自己分析や自己理解なんて面倒だし、「自分のことはなんとなくわかってるからいいや!」と思ってました。

ライブでスベっても、「まあこのネタは微妙だったしな!」と向き合わない。

そしてつい最近、「なぜこんな失敗をしたんだろう?」「何でこんな苦しいんだろう?」

と、考えることで、「苦を見つめる」大切さがわかりました。

 

そして2冊目。

橘玲(たちばなあきら)さんの『人生は攻略できる 君たちはこれからどう生きるか?』です。

 

 

この本では以下の一言で買った価値があったと思いました。

転職について書かれてる部分があるんですが、

そこで、天職を探す上で大事にすることが、

「スピリチュアルが拒絶するもので妥協するな」

ということ。

いろんな本を読んでいく中で、いろんな人が、言葉は変わるけどなんか同じような事言ってるなぁって思うことは、自分の中で「読書あるある」なんですが、この一言で全てがつながった気がしました。

この言葉だけを心に刻んでおこう!」ってなったんです。

この本は他にも日本社会と国際社会を対比させて、いかに日本社会で生きる人間の視野が狭くなっているかについて述べている内容も面白かったので、僕みたいに「この社会・教育システムってなんかおかしくないか?」と思ってる人とか、今の仕事に疑問を持ってる人とかは、働き方について視野を広げる機会になると思うので、読んでみるといいかもしれません。

 

最後は精神科医の泉谷閑示先生の『仕事なんて生きがいにするな』です。

 

挑発的なタイトルに見えますが、語り口調は穏やかで、精神療法の現場の経験から導き出された主張がとても説得力があって参考になりました。

この本ではこの一節です。

人生の時間を丸ごと「遊ぶ」ことができるかが、問われてくるのです。(中略)小児のように創造的に「遊ぶ」ことが大切なのです。」

なぜこの言葉かというと、僕もそうですけど、日本人って「我慢強い」気がするんです。「嫌な仕事だけど、やらなきゃいけない」、「嫌な人だけど、うまく付き合わなきゃいけない」って感じで、「苦しみ」を「我慢」してる気がするんです。

これは泉谷先生も主張していて、

「私たちの周りには、いまだに勤勉で禁欲的であることを美徳だとするマゾヒスティックな精神風土が根強く残っています。」

と述べてます。いや、これ完全に僕のことだって思いましたね。

先ほど言った数々の失敗を29歳になるまで「我慢」していたのですから...。

そして自分を理解することは「逃げてきた」と。

これを読んでくれてる方は、今苦しい状況であるなら「逃げる」でも「我慢する」でも「不平不満を言う」でもなく、「苦しんでる自分と向き合う」ことでさらに一段階成長できて幸福度をあげることができるのではないかと、通信会社のお店と、ガールズバーの女の子を見て思いました。(なんじゃそりゃ

つまり自分がどんな価値観を持っているかや、「なぜなんだろう?」などというように考えるのが良いと思います。

これはどの方でもよく言われることですが、ぜひ紙に書いてみてください。

僕もやって見て痛感しましたが、思考は頭の中だけでは整理できないのです。

 

【余談】

さっき、ついTwitterを眺めてしまったのですが、こんなツイートがありました。

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リプライ欄が「ようこそ!こちら側の世界へ!」みたいな共感の嵐だったのが、しんどかったです。

こういうところからも自分の常識が無意識につくりあげられてしまうのかもしれません。もっと人々は自分らしく、幸せに生きられないのでしょうか。

自分も含めてこれからも模索していきます。

吃音症を持ってる話

(吃音とは、話し言葉が滑らかに出ない発話障害のことです。)

 

最初のきっかけは大学生の時コンビニでアルバイトしていたのだが、その時のレジでの接客の時だった。

「ポイントカードお持ちですか?」

必ず言わないといけないセリフとされていて、1日に何十回もいうことになる。

ある日、このセリフを噛んでしまって、お客さんに「ぷぷぷっ」と笑われたように感じた(本当はそうじゃないかもしれないが、敏感さゆえそう感じてしまった)。

するとネガティブ思考人間にありがちな「反すう思考」が発動する。

(反すう思考とは、牛が飲み込んだものをまた口に戻し咀嚼すること(反すう)に例えて、嫌な出来事を後になってまた思い出して嫌な気分になることである。)

僕はこれがめちゃめちゃ多い。

バイトで上司の言動にとてもイライラした日、帰りの車でふとその日の出来事を思い出してとてもイライラした気分になり、右折が近道だが右折禁止の標識があるため、いつも左折してたところを、「ええい!!今日はイラついてるから右折しちまえ!!!」って曲がったところにちょうど警官がいたということもあった。。。笑(交通ルールは守りましょう。笑)

まあこの反すう思考の話はまた今度の機会にするとして。

 

最初の話題に戻って、「噛んじゃった。恥ずかしいなあ。相手にどう思われただろう?」って気にすることで、僕は、最初の「ポ」の音が恐怖で言えなくなったのだ。

言いたいけど言えない。声が出ないんですね。これを言って失敗すると、また何か思われるんじゃないか。と不安になるんです。

これは専門用語で「難発」、「ブロック」っていうらしいです。

うまく言えないと相手の顔が「え?」みたいな怪訝な顔するんですよね。

その表情をみてまた「しまった!」っと思って焦ってしまって、さらに悪化するという。

これ昔話じゃなくて、今現在もこの症状と付き合ってます。先生によるとどうやら完治しないらしいんですよね。

 

ディズニーキャスト時代は皆さんもよくわかる通り、「喋るのが仕事」みたいなところがありますよね。そんな職場でこの症状が出ると本当にしんどかったです。

2020年の11月のワタナベのライブで一瞬だけコンビ組んだ人と、漫才やったんですが、その本番でも症状が出るという。

北里大学心療内科があって、そこに吃音外来もありまして、去年の4月に行ったんですが、また発症したので今年の1月にまた行ってます。

 

吃音外来ってどんなことしてるのか?

北里大学の場合はいろんな器具が置いてあって、そこで身体的なリハビリテーションを受けてる患者さんと同じ空間に個室があって、そこで「ST(言語聴覚士)」と呼ばれる方と1対1で、1時間半くらいカウンセリングを受けるといった感じです。STの方はこれを「訓練」言ってて、「うわ、訓練なんだ」って思ったんですけど、ほんとその通りです。

 

で、吃音を持ってる人って生活していく中で「自分が言いにくい言葉」がわかるんですね。

例えば僕なら、「ポイントカードの「ポ」」とか、「じゃがいもの「じゃ」」とか、「5分の「ご」」とか。

それをSTの方に伝えて、共通点を見つけてその原因に効果のあるトレーニングをする感じです。

どんなトレーニングかというと、まず音読です。

吃音症の人って大体が早口で喋りがちらしくて、

それを改善するために、意識的にめっちゃゆっくり読むトレーニングです。

どういうことかというと、北風と太陽の文章を普通に読むなら

「ある日、北風と太陽が、力比べをしました。」

ですが、吃音のトレーニングでは、

「あーるーひーきーたーかーぜーとーたーいーよーーがー(ゆっくり息継ぎ)ちーかーらーくーらーベーをーしーまーしーたー。」

こんな感じで、息継ぎもゆっくり吸って...って感じの音読がメインでした。

「え?そんなの簡単じゃん!w そんなんで治るの?」って思った方もいるかもしれないですが、僕にはこの文章を読むのも大変困難だったんですね。

でも通院している中で、僕が一番「すげえな!」って思ったのはマイクを使った音声分析でした。

マイクがPCとつながってて、文章を読むとその音声が波形グラフで出てくるんですよね。

それでSTの方が、「0.何秒最初の『お』の音が短いのでもう少し長くしてみましょう。」みたいな訓練があったんですが、これはすごいなー!って感動しました。

自分の声を「0.何秒」まで考えたことなかったからです。笑

そうすることで、ダメな発声がどんな出し方で、良い発声がどんな出し方かが知れるようになったんです。

あとは「実際の仕事と同じような動きをして、お客さんがいるテイで、言いにくいセリフをいう」っていう訓練もありました。

大体この3つでしたね。

 

吃音に対する見方

冒頭で、「治らない」って言いましたが、今紹介したトレーニングのミニバージョンを普段毎日少しでもいいからやらないと、脳が正しい発声を忘れてすぐ元に戻ってしまうんです。なので「治らない」っていうか、「気を抜くと現れる」って感じですね。笑

正直先生に「治らない」って言われて、結構ショックで、「え、不治の病っていうやつじゃん....怖い。一生付き合っていかないといけないんだ。」って思いました。

でも調べると、アインシュタインも、ニュートンも、ダーウィンも現アメリカ大統領のバイデン氏も吃音症だったらしく、歴史に名を残す人間が多く吃音症だったことを知って、「うわ!僕も歴史に名を残せるくらいの天才なのかもしれないわ!!」って思って勇気が出ました。笑

今ではペットのようにこの吃音と接していて、「自分は天才だからなぁ、しょうがないよな。このくらいは。」と考えて生きてます。

 

超余談ですが、僕が好きな「オールスター後夜祭 」をみていて思ったのが、乃木坂の高山みなみさんという方が、僕の悪い時の発声の仕方をしてて、しかも言い間違え方も普通の噛み方じゃなくて、僕の症状が出てる時の発話の仕方なんですよね。

あと僕が好きなメンタリストDaiGoさんも気になってて、動画みてると、めちゃめちゃ早口で話してて、かつ言いよどむ時のよどみ方が、症状が出てる時の僕そっくりなんですよね。

僕の気のせいかもしれないですけどね。ちょっと気になってしまいました。

 

超楽観主義者についてと、自分にとっての「成功」について

以前、「楽観主義と、悲観主義とネガティブ思考」の記事で、マーティンセリグマンさんのこの本、

 

オプティミストはなぜ成功するか』を読んで、世の中には「楽観主義と、悲観主義の人がいるんだなぁ」と知ってから、僕は世の中の人を横軸に「楽観主義と悲観主義」縦軸に「外向型と内向型」をとったマトリクスで見ることがしばしばある。

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で、僕はこのグラフでいうと、超内向型で、だいぶ悲観主義なので、左下の赤点くらい(あとで示します)かなと。で、こういうマトリクスをつくると思うのが、きっと僕と対極の「超楽観主義の超外向型人間」もいるということ(グラフ右上の赤点)。今回はこのことについて少し話したい。

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(簡単に外向型と内向型について確認・・・外向型の特徴→浅く広く生きる。外に強い刺激を求める。人と会うこと、大人数の友人とどこかへ出かけること、ジェットコースターに乗ることなどが喜びになるため、人とのつながり重視し、人脈が広い。

内向型の特徴→狭く深く生きる。友人が少ない。量より、濃さを重視。強い刺激が過多になると疲れて休息の時間をとる必要がある。行動するより、考えることが多く、慎重派。)

 

なぜ今回この僕と対極にいるであろう超外向型の超楽観主義者について思ったのかというと、2つ出来事があったからです。

1つ目は女性の友達がいるんですが、その方の彼氏さんの話を聞いたから。

2つ目はYouTubeで「両さん」という、主にお金の勉強の話、たまに人生論について発信してる方のある動画を見たからです。

 

 

まず1つ目の友人の話なのですが、この女性は多分外向型と内向型のちょうど真ん中にいて、やや悲観主義なんですね。で、今付き合ってる彼氏さんは話を聞く限り、超外向型の超楽観主義の人なんじゃないかと思ったのです。

具体的には、この彼氏さん、大手自動車メーカー勤務で多分かなり資産があるらしく、バイク好きらしいんですけど、バイク買って1度も乗らずに売ったこともある方らしいんですね。笑

ある時、この彼氏さんが「クラミジアにかかった」と言って、それを「彼女さんにうつされた」と主張したらしいんですね。彼女の方は「本当に覚えが全くない」のだと。それを受けて、彼氏さんは、「ピンポン感染(カップル同士でうつし合い続けて完治しないこと)に違いない。そもそもお前の浮気が原因だろ。ふざけんな。」というわけです。

そして2つ目の両さんのお話。

それがこちらの動画ですね。

www.youtube.com

この両さんって方、お金の話をしているということで、お金持ちとよく知り合うことがあるらしいんですね。その友人の話をされてるんですが、僕が気になった1人紹介します。他にもたくさん紹介しているので興味あったらみてみてください。

僕が気になったのは、両さんが「ヤリ捨てぽい君」と呼称してる男性で、40代男性で資産100億円以上、で港区のタワーマンションに住んでて、イケメンの部類だと。そんな理想な男性だけど、連日連夜のパーティでいろんな女性と体の関係を日々交わしていて、しかも20代前半の女性じゃないとダメらしく、しかも1回その女性としたら飽きてしまうという人。トドメは「女はTENGAだ」と言う人。

森喜朗元総理の「女性がいる会議は長くなる」発言で、世界がジェンダー論で揺れてるのに、それが微振動に思えるくらいのやば発言ですよね。笑

そして「無理やり抱いても朝までに俺のこと好きになってる」とまで言う方らしいです。これを聞いてまさに絵に描いたような超外向型の超楽観主義の人だと思いました。

 

この二人のお話を聞いて、まず率直に「楽観主義は成功しやすいのだ」と思ったんですね。

そして一番注目したいのが、2人とも「自分が悪いのかもしれない」とか、「俺、欠点だらけで、そんな女の子と接する自信ないしなぁ。」などと、1ミリも思っていないところです。

悲観主義の僕が本当に信じられないのが、彼らが少しでも「あれ?自分なんか悪いことしたっけ?僕が悪いかもしれないな?」という感情を一切感じさせないこと。

きっと「自分が悪いのかもしれない」という罪悪感を持ってて、それを隠しているのではなく、そもそもそういうネガティブ思考自体が脳システムとして存在してないのではないかと思わせられます。これは本当に思います。

 

でもこういう人間が社会において成功を収めやすいってこの世の中って一体全体どうなってんだろう?って心底感じているんです。

僕のような超内向型で悲観主義者はどうやって生きていけばいいんだ。と。

僕はこれほどまで苦しいのに...なんでなんだ...。と。

 

 

ここできっとやってはいけないと思っているのは、「超外向型や、超楽観主義者の成功例や、アドバイスを真に受けること」。

僕が最近感じている、その人に与えられている「役割」がそもそも違うから。

「もっと人と関わりなよ!人脈をつくって、たくさん行動するんだよ!いろんなパーティーとかに顔出しに行きなよ!」

何千回と聞いたこういう類のアドバイスは、きっと外向型の人向けで、そもそもこういう人と私では「役割」も価値観も違うんですよね。

 

やっぱり僕も芸人を志していたゆえ、「将来は芸人として売れて、お金持ちになるぞ〜!」っと思っていた。っていうか自動的に絶対そうなると確信していた。

そして、「売れる」だと漠然としてるなと思ってたので「成功する」と言い換えていたりもした。

 

こう振り返ると「あれ?」と思った。ここでまず答えるべき問いがはっきりした。

 

自分にとって「成功」とは何か

 

今まで日本社会で生きてきて、僕が「この人は成功者だ!!」と思った人(僕の場合だと、ラファエル、水溜りボンド、与沢翼などなど)とか、「私は成功しました!!」と高々に掲げる人に無意識に触れていて、社会で成功するっていうことは「お金持ちになることなんだ。そして超ド級の可愛いモデルさんかアイドルか、女優さんと結婚して、豪邸に住むことなんだ。」と無意識に思っていた。

 

さて、自分にとっての本当の「成功」とは。

 

このヒントになる言葉を最近見かけた。それは無料で数多くの人の人生相談をやられてきた本多信一さんという方の『人生あきらめないー無料人生相談の現場から』という本の中だった。

 

この方、今年80歳になられる方で、この本は15年前に出版されたのにすでにご自身を「内向型人間」と呼称されている。

この著書で、本多さん自身が内向型であることと、外向型のアドバイスが役に立たないことに触れ、「こちらはなにせ人生目標が持てず、常に「後ろ向き」で過去を悔いて口惜し涙に暮れ、ポジティブの反対のネガティブ発想ばかりの人間である。これでは彼らの「成功のコツ」は全く役に立たない。」

と言い、こう結論づけます。

わが人生に一般的な成功はない。

すごい1行です。こういう結論を出されるってすごいことだと思うんです。

【何にもとらわれてない】という感じ。ここで、「成功」の定義が自分の中で崩壊しました。

そしてこう続けます。

「こう定めてみると次のテーマは、〈成功と無縁の人間はどう生きたらよいのか〉である。」

こう述べています。

つまり外向型が高々と掲げる「成功」は内向型にとっては無縁なのだと。

では内向型はどう生きればいいか。これについて本多さんは、

自分が決して成功しないとわかった人間は、自分のことより他者の世話をすればよいのである。

とヒントを投げかけています。

そして「自分なりの他のための人生に進み得た人たちは、(中略)変わり種ながら「成功者」ということになる。」と結んでます。

これをみて、ふと浮かぶのはやはり、過去記事でも何度も取り上げてる中村あやえもんさんの主張、「内向型(HSP)は弱者救済のために存在している」というもの。

「自分の成功のために頑張って成功する」のではなく、「他の人のために生きて、自分なりに成功する」ことが自分らしく生きるヒントになるかもしれないと思いました。

「イラッ!」に敏感な僕

今までの僕のバイト遍歴は、コンビニ→イベント制作会社(ほぼ派遣バイト)→ディズニーランド→ラブホテル→ピューロランド→バー(現在)

っとなっているが、「この職場無理だわ!!やめる!!」って思って、すぐやめたことが3回あった。

その理由は、「職場にやばい人がいるから」。

僕が出会った「この人絶対無理」って思った人は、「突然理不尽にキレる人」、「自分の地位の保身しか考えてない人」の2種類の人間でした。

そういう人が1人でもいて、僕と関わり合いを持たざるを得ない場合、僕はその職場をすぐやめてるんですよね。今振り返ってもほんとすぐやめてます。笑

それはきっと自分が「ストレスに敏感」だからなんだと最近気づきました、というか、前から「イラッ」とすることに耐性が全くないことはなんとなく自分でもわかってたような気がしてたんですが。。

自分が内向型のHSP気質であると知り、昔から、上記の2種類の人間とは一切関わりたたくないと思っていたこと、そして内面を見つめて心の底からの声から生まれた「人生をストレスなく快適に生きたい。」という価値観を持っているゆえ、こういう行動をしたのかと思いました。

”天職”コンサルタントの梅田幸子さんの著書『あなたが「一番輝く」仕事を見つける最強の自己分析』で、今もずっと心に留めている一節があります。それが、

「「苦手・ストレス」を堂々と避けていくことが、天職への道であり、幸せな人間関係を築く秘訣でもあります。」

で、特にこの「苦手なことや、ストレスを”堂々と”避ける」っていう言い回しが素敵だと感銘を受けました。

僕は今まで、「嫌な人から逃げたい」とか、「苦手なことはやりたくない」って思ってましたが、そういうネガティブな考え方じゃなくて、

”堂々と”避けて良いのだ、という考え方は自分にはなく、そしてそうやって生きたいと思うようになりました。

だから今は「芸人を諦めたんだ...」というより、「苦手な芸人という仕事を堂々と、避けた」と考えて、前を向いて生きています。

自分の心の声が「嫌だ!」とか「なんか嫌!」というものに対して、”堂々と”避けることが自分らしく生きる一つの方法なのかもしれないと思いました。